「差別化したい」そんな意識をひしひし感じる街…弘前
今回はこれまでのネオ街歩きとは少し異なり、
街並み探訪編という形でエンジョイしてみました。(これで第六回)
弘前タビの素材は、選挙ネタ&桜が咲いてないネタが
真っ先に出てしまった気がしますが、そんなことのために
青森まで行ったわけじゃありません。
ただ「2019年4月タビ」は単独の目的とすると、すこーし弱いものばかりの寄せ集め、
であったことは確かで、そのあたりがネオ街歩きとのマッチングではあります。
イマイチな感じがまた旅の魅力でもあるので、
今回は弘前街歩き編(ただし街並み探訪)としてみます。
弘前は津軽藩10万石のおひざ元ですが、意外と洋風建築物が
多く残っています。
函館ではこれらを「伝統的建造物」だとか「景観形成指定建築物」に指定していますが、
弘前では「趣のある建物」と呼んでいるようです。え?公式名称?
築50年以上で雰囲気を醸し出している、などが指定条件。
ナンダソレ。甘いなあ。
でもけっこう古い建物が多くあり、バリエーションも函館のものとは違うので
面白い。全国を見渡しても武家屋敷と教会がこんなふうに共存
(残念ながらエリアは別々)している街は
少ないような気がします。何が弘前をそうさせた、のでしょうね。
明治維新の反動でしょうか。
まずは3つの教会。古い順に
↑カトリック弘前教会(1906)
↑日本基督教団弘前教会(1910)
↑日本聖公会弘前昇天教会(1921)
続いて旧弘前市図書館(1906)
そして東奥義塾外国人教師館(1903)
市内にはかつてたくさんのこうした洋館があったようですが、
取り壊されたものも多く往時をしのんでミニチュア展示をしているスペースも
あるのですが…撮ってきたのは解説版だけでした。
そして、旧図書館・外国人教師館から遠くない場所に
旧五十九銀行(青森銀行記念館)(1904)。
そんないっぽうで「伝統的建造物群保存地区」というのがあり、
生け垣や黒塀に囲まれたお屋敷が並んでいます。
その一角に数軒、こんな茅葺の武家屋敷。
これは旧梅田家。嘉永年間の築というのでペリー来航の頃、
160~170年前のもの。
これは石場家住宅で重文。年代不詳。
こちらは染工場で1800年頃のもの。
まったく異質な時代の建築物がそれぞれのエリアに存在している
不思議空間。
さらにさらに。ネオ街歩き的に面白い点は建築家前川国男の作品が数多く
残っていて、7.5円にカウントされることでしょう。でもこれは30円でした。
弘前市緑の情報館↓
ほかに博物館(1976)、市民会館(1964)、市役所(1958)。
当時の弘前市はよほど前川さんが好きだったんですね!
やっぱり「趣のある」でくくらないとどうにもならないバラバラ感。
それはそれですけどね。博物館はまだ50年経ってないので趣は未熟かな。
さてさて、観光おもてなし的には函館に比べても相当未熟な弘前市。
レンタサイクルもやっているステーションとやってないステーションが混在。
これでは、桜の季節以外に観光客を集めるのに苦労するでしょうね。
さくらまつりがすごすぎるのも事実なんで悩みのタネでしょうか。
せっかくの弘前ねぷたが青森ねぶたとかぶるのが難しいポイントでしょうかね。
あと道も複雑でわかりにくく歩きにくい印象を持ちました。
ただ弘前はやっぱり春ですよ。ここに紹介してない弘前絶景を満喫した話はまた次回。
それにしても街並みを売りにするのがいかに難しいか、思い知らされた気がします。
…というわけでこれは函館バナシできれいにつながります(笑)
ランキングサイトに参加しています。上のシロフクロウ・バナーをポチっと、よろしくお願いします。
« 【湯の川温泉】醜いオトナの事情が表面化するあたりが函館らしさ? | トップページ | 醜い函館人?気質続編…【湯の川温泉マップ・第二弾】 »
「旅で思う」カテゴリの記事
- 【再掲モード】なかなか出会わぬ感動の赤…(ベスト紅葉2020)(2024.11.20)
- 【ようやく鹿児島編(2)】日本をつくった薩摩の人脈。その厚み、尋常じゃない【維新のふるさと】(2024.06.15)
- 九州の鉄道2024春(JR九州、DSトレイン編)【主にかわせみやませみ】(2024.06.03)
- 【ようやく鹿児島編(1)】なぜそこまで力強いのか。桜島と西郷どんがいるからさ?【維新のふるさと】(2024.06.08)
- 【やっぱり加藤清正はすげえわ】熊本城で目からウロコ【天下の名城ここにあり】(2024.06.02)
« 【湯の川温泉】醜いオトナの事情が表面化するあたりが函館らしさ? | トップページ | 醜い函館人?気質続編…【湯の川温泉マップ・第二弾】 »
コメント