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2016年3月11日 (金)

【函館の坂】「谷地坂問題」のてんまつ…大ざっぱすぎるのも問題よ、函館市&函館市民

一個人がソレを心配しても始まりませんが…。

そこに気づいたから(昨年10月あたりから)ブログの更新のスピードを変えた、

ようなもんです。

函館坂物語、「谷地坂問題」一応決着しました。

オチは

根拠なし。

何の?ですって?

説明しますね。

150831yachizaka_sakah_base160311

(谷地坂は坂標にこうありますが…)

150825toubunosaka2

(谷地頭の方角は紫の矢印○囲み16ではなく、赤の矢印の方向ですけど?という話)

(坂があっているのなら、谷地坂の谷地は谷地頭ではないって話です)

春になる前にゆっくり図書館で調べればいいだろう、

ぐらいに思ってたわけです。

古地図探索だな、と。

ほんのおまけで「古地図世界」の独特さもわかってしまいました。

それはそれ、なんだけど。

図書館のカウンターに行って、

どんな資料があれば調べられるか、聞いてみたんですわ。

するとそこで持ち出してきたのは

平成10年だから1998年刊行の書物。

箱館から函館への古地図復元をまとめた大判のハードカバー。

明治9年、明治43年、大正13年、昭和6年。そして昭和35年の地図が

記載されていました。

著者は冨岡章氏。1921年生まれ。ブログ主の父親と同世代。

一瞬、「出会った!」と思ったのですが、なにかおかしい。

あまりにきっちりしすぎている。

つまりですわ、この冨岡氏が古地図を2400分の1の縮尺で

精密に復元して刊行したのです。

それはそれで超マニアックで気の遠くなる作業だから凄いんです。

ところで、この復元地図のもとになっているのは何?

考証のポイントはそこでしょう。

それはいい。

そこには谷地坂ではなく「谷地ノ坂」という文字が記載されている。

もちろん「記載」したのは作図した著者本人でしょう。

一方、坂の由来を記した函館散策系の書物も出てきた。

昭和47年刊行。

これには谷地坂は「谷地頭へ向かう坂」とある。大火で道筋の詳細は

変わったが、昔からここにあったと。

だからあ。その根拠を探しているんだよ。

坂標に記されている「谷地頭へ向かう坂で、大火で道筋の詳細は

 

変わったが、昔からここにあった」は違うんじゃないのか?と思うから

図書館まで来ているんだよ!!!

150922_hna16yachi

その後の書物はウェブの記述も含めて、みんなそんな表記じゃないか。

その昔の道筋とやらはどっからどこまでの坂だった?

だから原点の古地図をあたりに図書館まで来たんだよ。

埒が開かない。

で、その富岡氏の昭和35年と昭和6年の地図を見比べる。

大火で変わったは昭和9年の大火じゃないの?

ここらへん全部焼けてるから。

あれ?2枚の地図の

この坂のあたり、街区は道幅と角度しか変わってない。

ってか、坂が起点、終点がどっちも違ったら、同じ坂じゃないでしょうに。

すると、なんと!

いま坂標の立っている坂から一本十字街寄りの坂、

毎回、自分が通っている、もっと言うなら、

小学生以前から通ってた理髪店のかつてあった坂のところに

冨岡氏は「谷地ノ坂」と記載してるでないの?

昭和35年も。昭和6年も。それ以前も。

さあ、函館屈指の古地図マニアと、坂標で見解分かれたぞ。

まあ、正解は藪の中。

坂の名前なんて地元民がどう呼ぼうが勝手だ。

問題は谷地ノ坂=谷地頭へ向かう坂、という

そして誰かの思い込みをそのまま信じた奴の存在。

そうでなければ、この古地図マニアの冨岡さんが間違っていることになる。

最初から言っているけど、現在谷地坂とされている坂の方向と

谷地頭の方向は90度違うわけで、

函館市民の誰もが「それはおかしい」と思わないところが最大の争点。

まあ、図書館のスタッフのテンションも「はあ…」てなレベル。

誰に聞いたら詳しいのすらも見当がつかない様子。

頼りないねえ、図書館。

ま、函館市民ってそこまでテキトーというか、大らかというか、

愛市精神ないんだなあ。

最後に昭和33年の函館地名辞典ちゅうガリ版刷りの冊子が出てきたので

そこで確認したら、ただ一行

「第一印刷から谷地頭へ向かう坂」とあった。

第一印刷って何やねん。60年も前のことじゃないのに、その痕跡も

(昭和36年の住宅地図で)わからないし、

その一行ですまして後世の人間がわかるかっての!

もっともいちばんの責任者は、

そんな緩い解釈で19坂の坂標を作っちまった函館市だよな。

そういえばどっかで谷地坂抜きの18坂っていう説明も聞いたよな。

ロープウェーのゴンドラ内だっけ?

坂は19あるべき。なんていう条例が存在するわきゃないし、

わからないものをわからない、という勇気がないのは、

みっともないことだし、誰もそこを突っ込まない緩さが

函館、何とも言えないわ。

というわけで自分の中では正式に谷地坂は降格。

降格しても、坂は坂。そこに高低差があれば坂、ですよね?

タモリさん。

函館山の周囲の坂、その向きはどうあれ、

ひとつひとつを愛してこそ、函館愛なんだから、

まあ定義や名称は二の次ってことで。

機会があったら、函館市の観光スポットパネルに誤字が散見される件、

シールぐらい貼って修正せよの件、市役所へかけあってみましょうか。

こういう「心構えがそもそも問題」なエピソード、まだまだ続いたりします。

ネタ集め、日々怠らず。

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