とどのつまり、ことしの京都の紅葉は遅いんじゃない?ってことらしいけど、
こればっかりは「読み」しかないのでどうにもならない。
これまで自分は何度も京都は訪れているのだが、真剣に観光に走ったのは、
高校の修学旅行以来だから、いかに寺社仏閣に興味がなかったか、ということになる。
人間、年を取ると不思議なものである。
だからと言って、今更目指せ京都マイスターなんておこがましいことを言うつもりはない。
数回訪れたからって、そんなに京都ツウになれるほど甘いものでない事は承知している。
ただ、ど素人、初心者から、徐々に知ったかぶりに移行する段階にいるのは間違いない。
何事も場数を踏んでいけば、上達するものである。その意識さえあれば。
今回は旅人としての京都との向き合い方を少しずつ解きほぐしてみたい。
まずは市内を移動するにあたって、必要なのは交通機関と地理的な理解だろう。
市街地の設計が碁盤の目のようにできていることは誰でも知っているが、
それぞれの並びと構造を少しずつ知ることで、地上での移動は簡単になる。
これは函館19坂を理解していくのとまったく同じ手順なのだ。
繰り返し、そして間違い、訂正して覚える。
旅人として「覚える」気があるか、ないか。これは大きい。
大言壮語ではないが、自分は国内旅行に関する限り、
すべての旅は次回のための下見だと思っている。
今度来るときはもと味わい深いものになるといいなあ、と思って移動している。
嵐山から四条大宮に向かう嵐電でこんな老夫婦の会話に出会った。
「京都はな、寺社仏閣が近い距離だから、タクシーを使うとすぐだ」
かわいそうな田舎者のご主人である。さぞ経済的に余裕があり、
体力に自信がないのだろう。
「この嵐電の終点、四条大宮から四条駅までは、同じ四条だからすぐじゃないか?」
いやはや、70歳をゆうに超えているのだろうが、すばらしいアバウトさである。
地下鉄四条駅は烏丸通にあって、烏丸と大宮の距離のぶんだけ離れている、
という構造的理解にたどりつかない方々なのだ。
その間の移動手段は何か、徒歩か、バスか。
こういう「お上りさん」も受け入れる京都の懐の深さに感銘を覚えるけれど。
観光スポットを回るとき、エリアごとに区切らないと移動が大変、
とガイドブックに書いてある。
しかし、この日、その忠告を無視して、渡月橋から清水寺を目指した。
(前日は大覚寺から高台寺を目指した。)
まずは嵐電で四条大宮に向かう途中で件のご夫婦に遭遇した、というわけである。
京都市内で路線バスがどういう動きをしているか。
複雑で即座に理解しがたいのは事実だが、四条の大通りを東に行くバスに乗り、
東大路を南に下がるバスに乗り換えれば、清水道のバス停までたどりつく。
↑京都市内ではこういうバスの乗り換えが多数発生。だからフリー切符は重宝。
ところがガイドブックには、四条大宮のバス停において、
遠回りの循環路線の系統番号が記されているのである。
やってきたバスは四条大宮から大宮通りを下がって京都駅を経由していく。
清水寺の方向=京都駅の方向でないのを知っていれば、
路線バスの系統構造に気がつくのである。
首尾よく渋滞込みで、四条通を祇園までたどりつき、八坂神社の写真を一瞬撮ってから、
すぐに東大路を下がるバスをつかまえて清水道へたどりついた。
まあ何事も実践。
この日の午前中、京都駅から地下鉄を今出川で降り、
今出川西行きのバスを捕まえようとして、
知らずに烏丸を上がっていた男の行動とはとても思えない。
西と北を間違えたおかげで、こんな同志社大学の写真が撮れたわけなのだが。
間違えて覚えていく繰り返しが達人を生むことは何事も変わらない。
こうして改めて市内の方向感覚と通りの並び、名所の位置関係を叩き込んでいく。
だから街歩きは楽しいのだ。
今出川西行きと思い込んで烏丸を上がっていて、なぜ気づいたか。
西行きならいいかげん路線バスに追い越されるはずなのに、
追い越されないのはおかしい。
やっとたどりついたバス停に記されたバスの本数があまりに少ない。道を間違えたか。
そりゃそうである。烏丸通りの下を地下鉄が走っているのだから、
その上の道にバスは必要ない。
いずれにしろ観光都市京都のキャリアは1200年を超えている。
清少納言が枕草子で清水のあたりは(参拝客で)騒がしい、と書いたぐらいで
その状況が長きに渡って継続している。
紅葉のライトアップもそうだが、観光客の受け入れも完全にシステム化されている。
梅の季節、桜の季節、モミジの季節。いかにライバルよりたくさん集客するか、
練りに練られている。
たぶん地元民の視点と、熟練観光客ですら視点の差はそれなりに大きいのだろう。
この差分を読み取るのも自分の感じる旅の楽しさなのだが。
こんなやりとりがあった。初日の夜、青蓮院門跡から
大通りに出て乗った市バスの運転手に
「2日乗車券はどこで売っているか?」と聞いたら、
「1日乗車券は車内でも売るが、2日はわからない」という返答。
どうせ、翌日から使うので、宿に戻ってサイトで確認したら、
地下鉄駅の自動券売機で買える、とのこと。
それを知らないのは意外だ。似たような乗り放題切符が、
いろんな交通機関の組み合わせで存在するからややこしいのだろうが、
地元の観光従事者も把握できない複雑なシステムか。
翌日、その2日券を手に入れて鞍馬・貴船へ行った帰り、
叡山電鉄の貴船口駅までバスに乗った。(160円区間)
こちらは市バスでなく京都バス。2日券を運転手に見せて、
これ使えるか、と聞いたら大丈夫、というので、
読み取り機を通して下車したら、後ろから
「ダメでした、この区間は例外区間でした」と呼び止められた。
え?昨日今日、この仕事始めたわけじゃないでしょう。
まあ、京都での残念な思いがこれぐらいかな。
あと、清水寺は多くの修学旅行客でも賑わっていたが、
ちょっと悪意を感じたのはコレ。
↑東北(青森・岩手・宮城)の高校を狙い撃ち。
旅行代理店かがっちりかんでいることが一目瞭然
境内でも「わざわざ青森から見に来た甲斐があった」と三沢商業高校の集団が
納得していたが、生徒たちの無知には罪がない。
「おみやげ割引券」を活用して、未成年の懐をあてにするシステムは
自分たちの頃から変わらない。40年近くたっても変わらない。
千年の都はこの部分でも揺るぎない。
十代のうちに「達人」を目指したら、将来大物になると思うのだが。
修学旅行が一生に一度の京都では、日本の将来があまりに悲しすぎるから。
なかなかマネのできないブログがたくさんありますねえ。いろいろ参考になるなるっ!