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2011年5月23日 (月)

★メモリアル2003★能登半島~東尋坊~若狭湾…北陸ツアー

2003年のテーマは北陸。

まずは能登半島の突端まで行く、という課題を持ってプランはスタートした。

出発は上野駅から夜行急行「能登」で

高岡まで行き、そこからバスに乗り換えて和倉温泉へ。

今度はそこから珠洲までのと鉄道能登線に乗った。

のと鉄道能登線は98年にJRから第三セクターに移管されたものの、このあとの

2005年に廃止。03年に訪れた時点ではそんなことをまったく予期せず、

渋いローカル線だなあ、程度の認識であった。当時に何枚かとった駅や

ホームの写真は懐かしいものになってしまった。

さて、いったん珠洲まで出てから鵜飼まで戻り見附島(軍艦島)を眺めに行った。

たしか鵜飼駅から自転車を借りて。

見附島を眺めた後は再度珠洲まで戻り、バスで禄剛崎をめざした。

宿泊は灯台下のペンション。おかげで禄剛崎灯台の夕景と日出の両方を

写真に収めることができた。翌日は輪島経由で和倉温泉まで戻る。

いったん能登島水族館まで足を伸ばしたあと、和倉温泉泊。

ただし、この日は花火大会で大混雑。どうりでホテルがなかなか取れないわけだ。

翌日は金沢をスルーして若狭湾へと先を急ぐ。途中芦原温泉で下車し

東尋坊に立ち寄る。実は東尋坊に母方の祖母の実家が経営していたことのある、

海岸沿いの旅館があって、そこにも立ち寄った。海岸からせり出していて、

建物の数分の1は「下が海」というちょっとすごい旅館。

このあと三国町の温泉施設で一服して、えちぜん鉄道へ福井へ。

しかし事前の調査不足。えちぜん鉄道はその母体となった京福電鉄の度重なる

事故のため、三国芦原線は未開通。ようやく第三セクターで経営を引き継いだ

えちぜん鉄道がこの数日後の8月10日にようやく全線開通させたのだ。

よって、電車の来ない、三国駅でしばし立ちつくす。

バスの本数も少なく、しかたなくタクシーで電車の来ている西長田まで乗車。

そこから乗りついで福井~小浜~三方と進行する。

このあたりですっかり天気は雨に。

旅の前半は順調だったのにラスト2日はがっかり、という状況になってしまった。

いちおう最後は天橋立によって、夜行で東京へ戻る予定も、

翌日の天橋立も雨で展望台に上がる気にもなれず。

リベンジを誓って、豊岡経由で京都まで戻り、駅ビルで飯食って、京都の夜景を眺め、

ブルートレインで東京まで戻ったわけでした。

もしかしてこれが自分がブルートレインに乗った最後、かも?

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軍艦島(8/6)

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能登半島最北端禄剛崎の夕景(8/6)

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能登島水族館のイルカショー(8/7)

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和倉の花火大会(8/7)

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東尋坊の断崖(8/8)

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雨に煙る水月湖(8/8)

2011年5月19日 (木)

★メモリアル2002★徳島~室戸岬~四万十川~足摺岬

2002年のテーマは四国の突端。

台風一過の室戸岬から始まって降られたり晴れたりの印象深い旅でした。

初日は例によって東京から徳島行き夜行バス。

早朝、徳島駅につきそのまま牟岐線に乗り海部駅へ。

そこから阿佐海岸鉄道に乗り換え、最初の目的地は道の駅「宍喰」の日帰り入浴。

ったく、朝から風呂か!という感じで、初期はそのパターンが多かった。

道の駅の隣には「ホテルリビエラししくい」という南欧風ホテルが建っていて。。。

おっと今回は行程の紹介が目的だった。

台風を迎え撃つように出発した四国ツアー、すでに台風本体とはすれ違っていたが

海はまだまだ荒れ模様。

宍喰からバスに乗って阿佐海岸鉄道終点の甲浦(かんのうら)駅へ到着。

そっからまたバスを乗り換えて室戸岬へ。室戸岬灯台は小高い山の中腹。

近道ということで道なき道を灯台まで徒歩で登る。

室戸からは再びバスに乗って奈半利駅まで。今度は土佐くろしお鉄道

ごめん・なはり線に乗り換える。その日は高知泊。

翌日は高知を発ち、四万十川沿いの江川崎までJR予土線に乗車。

そこからレンタサイクルで中村まで四万十川下りだ。この日の天気もまだ

不安定。晴れたり降ったり。おまけに山の天気なわけで

自転車を借りた時点ではイケそうな天気だったが、まもなく状況は急に悪化。

土砂降りに近い雨の中、中村まで4、5時間をかけて下る。

雨宿りしつつ、休み休み。中村に近づいた頃は雨は上がっていたのだが、

すっかり濡れねずみ。

翌日は中村から土佐清水経由で足摺へ(路線バス)。

今度は一転どピーカン。灯台からの青い海、青い空を満喫した後、

海岸から少し上った足摺テルメでご入浴。ほんとに初期はどこで温泉か、が

重要だったなあ。

同じルートを中村まで戻り、JRに乗り換えてその日は再び高知泊。

翌日は桂浜に寄ってからJRへ本州方面へ。

神戸の知人のショップに立ち寄って2年ぶりの「関西遠征」となったのでした。

実はこの後会社の後輩が高知へ行き、

「東京からやってきて雨の中を自転車で四万十下りした奴がいた」噂をききつけて

話していた。

それ、俺。

でも、江川崎で自転車借りたわけで、東京から来て四国一周してたわけじゃないし(笑)。

しかし、あの四万十下りは忘れない。

天気のいい日にもう一度行きたいもんだ。

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室戸岬灯台の脇道から海岸線(7/25)

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四万十川の沈下橋(7/26)

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ピーカンの足摺岬(7/27)

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高知は桂浜の竜馬像(7/28)

★メモリアル2001★尾道~松山~湯布院

2001年のテーマは、しまなみ海道と道後温泉、そして

四国九州横断。この年からしっかりデジカメで記録、残してます。

尾道から入ったにもかかわらず、

三崎、佐賀関経由で湯布院へぬけようという例によって無茶なルート。

とりあえずここでは行程を中心に紹介。

まずは夜行バスで(東京から)尾道入り。早朝に千光寺公園へ上り、しまなみを

上から眺めたのちバスで今治方面へ。

実は途中で下車してサイクリングの予定が、あまりの炎天下に無謀、と断念。

結局は下の写真の多々良大橋のところで下車して熟慮して、

ふたたびバスへと乗り込んだ次第。そうしたらしっかり眠くなってしまい、

来島海峡大橋のあたりも素通り。悔いを残した。

道後温泉では近くのビジネスホテルに止まり、本館の温泉を堪能。

翌日は佐田岬へと足を進めた。

実はここも路線バスでの移動予定が、道後温泉から松山駅へと乗った

タクシーの運転手にそそのかされ(佐田岬灯台まで往復してあげるから)

たしか2万で手を打った。

佐田岬も灯台の近くまでいくには時間がかかるため、途中で写真をとって港に

戻りフェリー乗船。

豊予海峡を横断し佐賀関へ。そこからJRに乗り大分経由で湯布院へ。

湯布院でも立派な旅館に泊まるわけでなくまたもビジネス。

で、湯の坪温泉で温泉に浸ったわけなのでした。

しかし、由布岳の山懐に擁かれる落ち着いた雰囲気になんとも満足。

翌日は博多の知人と飲み会が設定されていたため高速バスで福岡へ。

こうして毎年のようにあわただしい旅が繰り返されていくわけです。

とにもかくにも正常な人は発送しない、無茶な行程にこだわる旅、

まだまだ続く、てなもんですな。

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千光寺公園からの眺め(7/25)

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しまなみ海道、多々良大橋(7/25)

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道後温泉(7/25)

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佐田岬(7/26)

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金鱗湖(7/26)

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湯布院から望む由布岳(7/27)

2011年5月18日 (水)

★メモリアル2000★初年度は島根~鳥取ツアー

ナツタビ初年度はデジカメも持ってなかったんだよなあ。

フィルムから焼いた写真があったんだけど、すっかりどっか行ってしまった。

「記録」という点ではものすごく不十分。でもなんとか記憶をたどっていくとする。

まず、行程。

現地入りは朝イチのANAで出雲空港へ。

そこからいきなり日御碕の灯台を目指し、

戻ってはナント出雲大社はスルーして玉造温泉へ。

途中一畑電鉄に乗ろうとするも時間が合わず断念。

メインテーマのひとつが「宍道湖」だったわけね。

初日は松江泊。でも宍道湖遊覧したり、松江城のお濠を船で巡ったり、

松江しんじ湖温泉に入ったりしたのでたぶん2泊目も松江。

翌日は境港を目指した。よく調べもせず美保関まで行けるか?と思ったが、

境水道大橋を渡って以降の公共交通の便がなく、渡し船で戻って来た。

たしかこの日は真夏の36度の強烈な日差し。

炎天下を歩く、のだけはただただ避けたい状況でした。

水木しげるのふるさと境港を少しだけ散策し、夢みなとタワーへと向かったのでした。

足はタクシー。実はここにも温泉(展望風呂)があり、ひと旅で3つめの温泉。

そこから見る弓ヶ浜から伯耆大山への海岸線のラインは絶景でしたね。

写真がないのが惜しい。

で、その日は米子泊。

翌日はさらに欲張って4つめの温泉を目指して皆生温泉へ。

ただ早朝の日帰り湯はありえず、午前中に退散。智頭急行経由で神戸へと

移動したのでした。

当時は旅の締めは神戸の某ショップ。旅のついでの関西遠征。

初年度、島根~鳥取ツアーの重点テーマは宍道湖、温泉、灯台だったよなあ。

迷いなく。これが年とともに少しずつ変貌していく。

基本要素の湖、突端(灯台)、温泉を維持したまま、

いろんな欲張り要素が年を追うごとに増えていくのでした。

最後にわがナツタビのオリジナリティは「移動」。

一か所でじっくりのんびりはナシ。無茶な行程で移動しまくり。

移動こそがタビだ!と言わんばかりの強行軍。

まあ、マネしてみろってんだ(笑)

★ミニタビ履歴★だんだん欲張りになってきた…

メインのテーマには気分的にちょっと足りないが、訪れてみたい場所を

祝日を中心に日程をとりちょっと行ってくる、という企画がこのミニタビ。

そもそものきっかけは(自分にとって)「沖縄がメインテーマにならない」ということから。

普通の人は沖縄行きは立派な旅行なんでしょうけど、自分はだいぶ天の邪鬼でして(笑)

それでも「だから沖縄に行かない」は理由にならないと見て、例によって無茶な

テーマつながりで行ってきた。

以降

2008年8月=旭川

2008年10月=長崎

2009年8月=岩国、下関

2009年9月=新潟、湯田中温泉(長野)

2009年10月=油壺

2009年11月=沖縄、白浜(和歌山)

2010年4月=松本、安曇野

2010年5月=小樽

2010年6月=五色沼、桧原湖、喜多方、猪苗代湖

2010年2月=水戸偕楽園

2010年9月=札幌、旭川

2010年12月=犬山城、宇治平等院

2011年4月=支笏湖、登別

2011年5月=弘前

まあ少しずつ写真とともに紹介しますので。

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海洋博公園から伊江島(2009年11月)

★ナツタビ履歴★さあ共通のテーマは何でしょう???

毎年、ナツタビを意識して旅を始めたのは2000年。

仕事の環境の変化から、夏にある程度まとまった休暇がとれるようになったのがきっかけ。

<宿泊地>

2000年=日御碕、玉造温泉、<松江>、境港、夢みなとタワー、<米子>、皆生温泉、<神戸>

2001年=<夜行バス>、尾道、しまなみ海道、<松山>、道後温泉、三崎、佐賀関、<湯布院>、<博多>

2002年=<夜行バス>、徳島、宍喰、室戸岬、<高知>、四万十川、<中村>、足摺岬、<高知>、<神戸>

2003年=<急行能登>、和倉温泉、<禄剛崎>、輪島、東尋坊、三国、<三方>、天橋立、<寝台特急>

2004年=<夜行バス>、伊良湖岬、鳥羽、<賢島>、大王崎、<紀伊勝浦>、那智大滝、淡路島

2005年=<鹿児島>、指宿、池田湖、開聞岳、<熊本>、阿蘇、<天草>、小浜温泉

2006年=<夜行バス>、八幡平、田沢湖、<秋田>、男鹿半島、五能線

2007年=呼子、加部島、松浦鉄道、西海大橋、<佐世保>、九十九島、<長崎>、野母崎

2008年=<静岡>、登呂遺跡、駿河湾、西伊豆、<三島>、御前崎、中田島砂丘、<浜松>、浜名湖

2009年=<夜行バス>、瀬田の唐橋、彦根、琵琶湖、竹生島、鯖街道、<舞鶴>、天橋立、城崎温泉、<鳥取>、鳥取砂丘、鷲羽山、丸亀城

2010年=<夜行バス>、松島、立石寺、<山形>、銀山温泉、(最上川)、鶴岡、<湯野浜温泉>、蔵王

メインのナツタビのラインナップはこんな感じ

このほか最近はミニタビも祝日を中心に随時敢行中。

もっと日本を見よう!日本にはいいところがイッパイある!

はい、2ndブログになります。

2001年から撮りためた旅の記録。

振り返って関連付けながら、その先の日本へと思いをはせたいと思います。

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