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2016年7月12日 (火)

はっきり言って函館市は信用できません。以上(観光掲示板の谷地坂の件)

(こっちも6/25に無用の長物?と紹介してから放置してました)

ここまでの経過から、函館市は口だけでやらないと思ってます。

でも結果が残らずとも、最低限こちらはアクションを起こしておく必要があるので、

乘り気はしなかったのですが、本日「問い合わせ先」にクレーム電話をしておきました。

函館駅のインフォメーション、ご丁寧に「谷地坂」も載っていて、

160619yachi_hakoinfo

住所が谷地頭町。最寄駅は谷地頭から徒歩5分。

宝来町電停より十字街寄りなのに?

この物件の問い合わせ先は観光部で、

この端末の問い合わせ先は、経済部。

いいかげんな坂標を作ったばかりか、いいかげんな案内板。

そもそも谷地坂を19坂に入れた判断からずっとボタンのかけ違い。

まあ、こんな坂、誰も検索はしないので実害はないんでしょうが、

駅のインフォメーションを適当に作って放置しているのは

さすがにマズイと思うわけです。

19坂のうちのいくつかは「NO IMAGE」と画像がなく、

大半は冬期に制作したので、写真は全部雪の写真。

メインの八幡坂、基坂などだけが、夏の涼やかな写真。

手抜きですなあ、函館市。

函館の坂は観光資源ではないのかあ???

夏の写真のある坂だけが資源なら、それはそれでいいと思うんだけど。

19という定義もなんとなくだしね。

八幡坂の坂標を間違って、「しまった」と思わない感性の持ち主しか

いないようだしねえ。

Map_yachigashira160531v

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2016年6月25日 (土)

【函館駅の無用の長物=第二回】函館の冬の坂は…

いかに役所の仕事が適当か、ということなんですが、

このインフォメーションマシーン、500万ぐらいすか?

そんなに安くない?

当然間違いは後から修正できますよね。

もちろん!

ですよね。

とりあえず公開しておいて、まずいのはすぐ直すぞ、と。

谷地坂は後回しにして

19坂すべて載っちゃっているの?と

全画面を出してみたのでした。

160620hakoinfo1

あ行で検索すると、

青柳坂、あさり坂、東坂と坂ばっかり3つも登場しますね。

で、最初の2坂は写真がナイ。

へえ。そうなの。

160620hakoinfo2

で、3番めの東坂は写真があるけど、見事に冬の写真。

冬が東坂の代表的なカットで、青柳坂、あさり坂は

代表的も何もナイ、か。

さて、これいつから設置したんでしょうね。

新幹線開業に間に合わせた?

でも、八幡坂も基坂も冬の写真じゃないっすよ。

観光部のストックの中に、メインの坂しか写真がなかった?

マジっすか?

坂の写真、素人が撮っても変わらないでしょう。

なんだったら、このソフト制作の会社のスタッフが

ちゃっちゃと19坂、撮ればいい。

NO IMAGEと冬の坂。

こうしてしいたげられている坂を不憫に思うのは自分だけ?

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2016年6月21日 (火)

いやあ自分でもびっくりしました。函館駅に無用の長物???

きっと本質的なことなのでエンドレスなんでしょうね。

谷地坂問題なんてその一端。

函館駅でこんなものを見つけました。

160620infoh00

誰か利用しているの?

タッチパネル式の市内案内。

乗車案内とも連動しているみたいだけど?

これで谷地坂、見晴公園を調べてみましょう。

何か、感じることがあるはずです。

別に何も感じないのなら、見事なポンコツ函館市民ですから。

腐りそうもないネタなので枯れたときにじわっと進めます。

ちなみに谷地坂以外の18坂も全部画面を読み出して

画面撮影をしてみました。

坂に「問い合わせ先」がありますよ!!!

この機械の問い合わせ先と坂の問い合わせ先が違うけど、

これも大丈夫?

そこが答え?

いわゆる税金の無駄遣い、というやつですか。

必要悪?

そうなん?

160620infoh001

未完成のウェブを公開しているようなもの。

スタンドアローンでなければ随時訂正は可能ですもんね。

え?できないの?

まさか、ほとんど誰も利用していないから、問題も発覚しない、とか?

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2016年6月 5日 (日)

★いわゆる「谷地坂問題」第11回★観光部とブログ主、それぞれの見解

というわけで、観光部担当者とブログ主が意見をぶつけてみた内容を

以下のように整理します。

(1)谷地坂問題

観光部の見解:

1982年の「はこだて歴史散歩」(北海道新聞社刊)に、この坂を上って人々は谷地頭に

向かったので谷地坂というらしい、とある。

もしいまさら違うと言っても取り返しがつかない。

ただし、わかりにくいことは確かなので修正する必要はあると思う。

160317yachizaka2

ブログ主の見解:

谷地頭に通じる「道路」と交差しているだけでそう呼ぶには無理がある。

「はこだて歴史散歩」以外の文献が提示されていないし、当書にも「らしい」と記述している。

谷地=谷地頭と短絡すべきではないのではないか

また函館市が坂標として掲示して以降、市民・住民がそう納得してしまったのなら、

谷地坂を呼称として使い続ける理由にはならない。

修正する必要を感じてもらうのはよいが、具体的にどう修正するのか。

この坂をそういう理由で谷地坂と呼ぶ説もある、という記述でもするのか。

繰り返すが、冨岡章氏の古地図分析出版では、となりの坂を「谷地ノ坂」と記述している。

改訂・改装の費用を理由に根拠のない坂標を掲示しつづけて、誤解を拡大するのは

個人的には好ましくないと考える。これまでどれだけの期間そのようにあったかは

この際問題ではない。

★谷地坂と谷地頭の位置関係を再掲

Map_yachigashira160531v

谷地坂は赤の部分を指す。起点(坂のいちばん上の位置)が

多少、昭和9年大火時代と

ずれていようが、谷地頭で向かう道路(青の)の距離のほうが圧倒的に長く、

この道路は函館公園の正面口を経由して、谷地頭方面に向かうが、

実は谷地頭温泉にも現在の谷地頭終点にも直通していない。

昭和9年大火以前のこの部分の街区が現在と異なっていたとしても、

谷地頭へ向かう道路として機能していたなら、函館公園先で右折、左折が

不要な形に修正されていたはず、と推測できる。

赤○から谷地頭に向かうとして、通るべき坂であるか?

つまり昭和9年以降は緑の点線であるところの「電車通り」のほうが主要な

通りであり、昭和9年以前の呼称が仮に存在したとしても継承すべきでない。

よって、担当著者が明らかにならない(執筆分業)「はこだて歴史散歩」は

信頼に足らない。

(2)八幡坂坂標問題

観光部の見解:

坂の上に八幡宮があった、という古地図の証拠があったので当該古地図をいったん提示。

指摘内容が西高の位置に八幡宮があったように誤解する、という主張であるとは

最初気づかなかった。

160325hachimansakahy

当部署内にもそのように誤解していたものがいたので、

「1804年、奉行所の工事に伴い、この坂の上に移された」は

「1804年、奉行所の工事に伴い、当時の坂の上に移された」などと修正したい。

ブログ主の見解:

肝心なのは当時(明治11年の大火以前)と現在では坂の長さがまったく違うことを

認識し、坂標の記述から誤解を受けないように取り計らうことが指摘の主旨

……

この修正では当時の坂がどういう坂なのかは不明瞭ではあるけど

いまの西高の八幡宮があったとは言ってないよ、となるでしょうね。

この程度のやりとりに2か月もかかることが大きな問題でしょ?

指摘は理解するけど、すぐに修正できない、とストレートに逃げることも

せず、いたずらに先延ばしにした事実は変わらないから。

もちろん観光部の立場も理解しなくはないけど、この対応の遅さと

ルーズさは公表すべきものじゃないかと思います。

さあ、市民の皆さん、時間はかかるらしいが、この両坂標の行く末

関心を持って見守っていただければ…。

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2016年6月 4日 (土)

★「谷地坂問題」第10回★すべてを「函館だからのんびりしている」で片づけましょう

数分で観光部の担当者が1階へ下りてきました。

結論から言えば、お互いの言い分を話して、すっきりした、というオチ。

コミュニケーションは大事です。

事態が解決したかどうかは、なんとも言えませんが、

お互いに話を聞く姿勢があったということは進展です。

具体的な観光部の言い分は次の記事でまとめますが、

これではいけないよ、という典型的な市の対応ミスは

●3月に受けた問い合わせ、4月に人事異動があり担当が替わったのに
こちらに知らせていない

●メールで書くより会って話そうと思ったが、アドレスはわかっても
ケータイ番号は知らない

これ場合によっては問題をこじらせる鈍い対応でしょう。

たまたま自分が役所に足を運んだから快方に向かったものの、

もっと別な強硬な手段だって考えうるわけだからさ。

こっちは市の観光部ともあろう部署が、観光について

真剣に取り組んでいない!と見なしているわけだから、

その誤解は解かないと。

知人曰く、

「そういうクレームは権威のある人間を立ててやらないと、行政は絶対耳を貸さない」

と言っていたけど、

それとも違う問題で。

やっぱり神奈川と北海道ではニュアンスが違いますよ。

ほっとしたのと、がっかりしたのが半々でした。

でも、さらにテンションを上げていく必要がなくなったので、

肩の荷が下りた、も正直なところです。

いよいよ具体的な「見解の相違」は次の記事で。

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★「谷地坂問題」第9回★長期戦のつもりが突然の進展

そろそろ続報と行きますか、例の谷地坂問題。

続報あるんですよ。

ブログに書いたのは連休前(4/28)にこっちから返信した話まで。

で、5月10日に

「もう少し時間ください」というメール。

なんたって、谷地坂以外に八幡坂の坂標で問題発生ですからね。

10日以上経って何の音沙汰もないので、

対抗手段を検討のため、市役所へ。

1.観光部の組織はどうなっているか

2.市史編纂の部署は現在どうなっているか

3.市民の問い合わせに対して誠意ある回答がなされない場合の窓口はどこか

この3点の問い合わせに行ったんですね。

とりあえず、とりあえず大笑いなのは

正面玄関の守衛さんが「お聞きになりたいことは何でしょうか?」と

話を聞こうとする姿勢。市役所に案内窓口はないらしくて。

1.については当該部署で聞いてください

2.については総務部で聞いてください

3.市民相談の窓口へ行ってください。

すっかり捌くだけの人。何も解決しない(笑)。

どの部署が何階のどこにあるか教えるのが仕事。

ぜんぶそっちで聞いてくれ。まずいまずい、そんな対応。

これだから市役所は。

というわけで市民相談の窓口へ。ここでいいんかい。

観光部に対して最初の提起から2か月、

適切な回答・返信がないという話をしたらすぐ、

じゃあ、担当者をここへ呼びましょう。

何?直接対決。全然そのつもりで来たわけじゃないのに…

参ったなあ。

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2016年5月21日 (土)

★「谷地坂問題」第8回★もはやすっかり谷地坂問題じゃあありませんね

というわけでこのシリーズは、成り行きを見守りながら書き進めています。

が、成り行かないようで(笑)

追っかけても逃げますから、真剣に追うのもどうかと思います。

さて、

先日も函館タクシーのよく知っているベテランドライバーに聞いてみました。

「八幡坂はなぜ八幡坂って言うか知ってます?」

ものの見事にひっかかり?ました。

「今の西高の場所に八幡宮があったからでしょ?」

待っていましたよ、その答え。

「え?違うんですか?立派な石垣があるから、てっきりそうかと…」

あれ?はこだて検定にはこんな問題は出ないんでしたっけ?

自分が出題者だったら、まずこの問題を出して「函館愛」を試すけどなあ。

運転手さんはこうもいいました。

「そうかあ、坂の名前ねえ。チャチャ登りと大三坂も同じ坂だけど名前が違うものね」

と言うのでこっちも返しました。

「日和坂だってもともと一本の坂じゃないのに、いつのまにかそうなっているんですよ。

少なくとも上のほうは鳶坂(トビざか)と呼ばれていたみたいです。」

「そうなんですか?」

だから。

だから、坂の名前は親しまれている程度で知識化されていればいいと思うわけです。

八幡坂はどうあっても八幡坂で、二十間坂はどうあっても二十間坂でしょう。

でも坂によっては「そういうことにしておこう」「そういう呼び名もある」

ケースもじゅうぶんに考えられます。

だから「だそうですよ」で十分。これを19坂と

同列に坂標で権威づけたことが間違い。失態。

権威づけるための根拠が

「はこだて歴史散歩」(1982年・北海道新聞社刊)だけなんですかあ?

函館市観光部。

お粗末。

これは例の中央図書館のデジタルアーカイブに記載されている坂名を

各年代でひと通り並べてみるだけで十分でしょう。

原資料の誤字脱字も含めて事実として受け止める。

第三坂と大三坂、どっちが正当とかね。

それを無責任に「解釈」してしまうから、今回の谷地坂の件が発生したのだと思います。

谷地坂=谷地頭へ向かう坂…谷地頭は有名だから、この坂も19に加えよう、

と誰か考えの浅い担当者が判断した。

ところが必ずしも谷地=谷地頭ではないのです。谷地=低湿地なんです。

函館山のあっち側には明治の昔はたくさんあったと聞きますが?

特に函館山の東南斜面はそういう傾向が強くて、規模が大きく象徴的なのが

谷地頭っていうだけじゃないかと、自分は推測します。

160325hachimanmae

こんな感じの場所じゃないすかね。じめっとした湿地。

トタン屋のご主人がおっしゃっていました。

(家の前の坂は)急になっていたので、冬大変だったと聞いています。

崖か沼池かわからないですがそれを理由に「谷地ノ坂」という名前が発生した

可能性もあります。冨岡章氏の著作を全面的に信じるつもりはありませんが、

より古い資料にそうあったのを古地図研究家の氏は谷地ノ坂と特定したのでしょう。

そう今の五島軒の支店がカドにある坂。

いま谷地坂とされている坂よりずっと短い坂。

とにかく正しい谷地坂がどこかという問題ではないのです。

あっちの坂の問題。もっと重要なあっちの、ね。

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2016年5月18日 (水)

★「谷地坂問題」第7回★実は予期していた観光部の「塩」対応

そもそも、いちいちこんなやりとりを公開するつもりは

毛頭ありませんでしたが、面白いように

適切な対応ができない

観光部の窓口なので、苦笑いするしかないんです。

最初は担当者の個人の資質かと思いましたが、

二人目もこれだとなると、組織の体質を疑うことになりますね。

いろんな可能性があり、

修正する気はないが、ただ先延ばしにして自分が担当じゃなくなるのを待つ、

なんて悪意の見方もできます。

まあ、こちらの経験と観察眼をナメているんでしょうが、

4月28日という連休突入直前の金曜夕方に「回答」するあたりが

いかに「面倒な奴にひっかかっちまった。対応したくねえ」

という心理状況を表しているわけです。

別に本当のことがわかれば自分はいいんです。

本当はこうだよ、と自らのメディアで発信するだけですから。

それを怠ける自治体の体質は悲しいね、それが函館市かね?

となるわけです。

よく企業の謝罪会見でもありますが、ばっくれるだけばっくれて

おいて、会見をしてすませようという企業体質。

珍しくありません。

で、これを指摘したのが有名なメディアではなく、

一個人だから、とナメてかかるわけですね。

世の中はそんなもんだと知っていますが、

函館の街と観光を大事に思うなら、

失態を隠そう、すべての過去を正当化しようという根性じゃ、

情けないなと思う。それを発信したいだけですから。

知人が言いましたよ。

「あなたがそうして言っているだけでは何も変わらないと思う」

「変えようと思うなら大学教授とか新聞記者とかそういう上位の権力を行使しないと」

わかります。

でもそうやって上から「何やってんだ」という対抗なら、

のど元過ぎれば忘れるだけで、その人間、自らの改革にはなりません。

ただでさえ地方が疲弊して活力が落ちているのに、

「それは自分の仕事じゃない」と思い始めたら、この流れは

何も変わらないどころか、急速に悪化(劣化)していくのだと思います。

トータルでは函館の豊かな観光資源を市民自身が自覚するところから、

だと思うわけで、その実感がないから「それを自分がやらなくても」

と思うのだと思います。

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2016年5月17日 (火)

★「谷地坂問題」第6回★函館市観光部観光企画課の珍回答の意図

おっと1回分飛ばして、というか途中が抜けて

本日午前、第六回で書いてしまいました。そのくだりは第七回で明日UPです。

話は4月19日にこのメールが届いたところまででした。

Mail160419

正直、ゆっくりやってもらっていいよと思っていましたが、

メールの返信が来たのは4月28日の午後5時。

明日から大型連休のタイミング。

まずメールの文面は

Mail1604281v

メールの文面には何も回答がありません。

添付ファイルが2点。まず1点めの前半です。

Mail1604282v

谷地坂と名付けられた根拠を聞いているのではなく、

いまの坂標の坂は違うでしょう、という問い合わせに対して

意味不明の回答になっています。

もしかして、筆者が何を質問したかが理解できずに対応していますか?

揚げ足をとるなら

「わかりずらい」ではなく「わかりづらい」です。

イジワル返し(笑)

で、その問題の

「はこだて歴史散歩」(北海道新聞社刊)の記述がおかしいのか?

いまそれを問題にしているわけではありませんので、

それはそれとして後日調べますが、

1点めの添付ファイルの後半によれば、

Mail1604283v

もしこの担当者の転記が正しいのだと仮定すれば、

「護国神社の坂と並行に別の坂があった」

「その坂を登ると谷地頭へ向かう道路と交差していた」

これは何度も紹介している地図のように、現在の平成の街区と

変わりません。

150825toubunosaka2

それがこの引用によれば、いつのまにか

「谷地頭に通じる坂」となってしまっているではありませんか!

「その坂を登ると谷地頭へ向かう道路と交差していた」…

なぜここを坂と書かずに「道路」と記述していたんでしょうか。

坂ではないからでしょう。

もうね、この記述そのものがちんぷんかんぷんで、

そのちんぷんかんぷんを参考資料として、坂標の記述を制作したと

いう回答に読み取れます。

そして。

そして、

わかりづらいので修正というくだり。

何がわかりづらいのでしょうか?

わかりづらいのではなく、ちんぷんかんぷんです。

ですから

この坂と交差する道路が谷地頭に向かっていたので、

谷地頭には向かわないこの坂を谷地坂と名付けた」というのが

命名の根拠だとしたら、あまりに一般的な命名ではないということになります。

どこか特定の場所へ向かう道と交差しているので、その特定の場所を名称に

取り入れるのであれば、「坂」という高低差のある2か所を結ぶ経路の

由来は大混乱に陥るでしょう。

そうそう、もう1点の八幡坂問題。

160325hachimansakahy

この西高下の坂標に対して「坂の上にあった」は違和感ありませんか?

の問いでしたが、添付されていた資料は

これ。明治七年(1871年)の函館市街図。

ですから、これはもう入手済なんですね。

これを見ておかしくないか?

と聞いているのに、

「ほら、坂の上に八幡宮ありますよ」

悪意の回答だとしたら、それはそれで杜撰です。

事態をどんどん悪化させますからね。

火に油を注ぐのが観光部の狙いなのかもしれません(笑)

そこで4月28日のメールにはソク2点を中心に返信しました。

Rep160428

(↑あせって参照「させて」いただきましたを書き損なってる…自分)

さあ、この4月28日、連休直前のこの自分の返信に

どんなタイミングで、どんな答えが返ってきたでしょうか?

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2016年5月15日 (日)

★「谷地坂問題」第5回★好ましくない対応が、さらに事態をややこしくしていく…

思い返せば、谷地坂の件がスムーズに解決していれば

この八幡坂の一件に気づくことはなかったのです。

3/15の(市役所での)ファーストコンタクトがこのような事態を招いたのだと

思います。

実に見事な

話を聞く「ふり」をして、実は何も聞かない窓口対応です。

そのとき併せて指摘したのはこの2点。

改めて整理します。

高竜寺のこれ

150922koryuji_pn2

高田屋嘉兵衛像のこれ

151008takadayakahee

そもそも撮影したのはそれぞれ2015年の

9/22と10/8ですから、

観光部はそういうことにこれまで注意を払っていないし、

市民からの報告もなかったということなんでしょう。

そのときの対応者のコメントは

なかなか忘れがたいものがありますが、

まあこのシリーズの先々にとっておきましょう。

結局3月15日にこの担当者に

訪問当日に報告をして(画像添付でメールして)

修正完了を確認したのが4月5日。

160405koryujinew

160405kaheenew

そっと直っていたわけです。

まあ、すぐやろうと思えばすぐできるってことなんでしょうが、

自分が確認するまでに3週間かかっていますけどね。

まあ迅速な部類だと思います。

すると次には

「あの谷地坂の件はどうなりました?」

と当然なるわけです。

2件の表示修正完了を確認してこの「どうなった?」

が4月8日。

返答がないので

「無回答が回答ですね」

と念押しメールを4月15日に送ると

19日に観光部の別の人物からこんなメールが!

Mail160419

後半の部分は

160325hachimansakahy

この画像について求めたコメントですね。

いいでしょう。時間がかかるなら待ちましょう。

連休直前、北海道新幹線開業でなにかと忙しいでしょう。

でもこのモチベーションの高い時期だからこそ、的確な

対応が求められると思いますけどね。

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